PIOブック覚え書き

読んだ本のレビューについて、月ごとにまとめます。

2017年06月

辻村 深月著 毎日新聞出版 2016年 
下巻は、大正にできた會舘が昭和44年から21か月かけて建て替えられて後の
新館になってからのエピソード。

第6章 金環のお祝い  昭和51年1月18日
第7章 星と虎の夕べ  昭和52年12月24日
第8章 あの日の一夜に寄せて 平成23年3月11日
第9章 煉瓦の壁を背に 平成24年7月17日
第10章 また会う春まで 平成27年1月31日

さりげなく、上巻のエピソードどの連続性を保たれているところ、小粋です。
旧館での思い出の余韻に思いを馳せ、「建物の時間は流れていく」という第6章。
クライスラーの演奏会を描いた第1章に対して、越路吹雪のディナーショーを描く第7章。
若い日、旧館の料理教室に通った女性たちの東日本大震災とその後を描く第8章。
そして、この本の執筆者に模された小説家、小椋を描く第9章はエピローグと呼応。
再度の建て替え前の最後の結婚式を描く第10章は、第3章と呼応。

お洒落でモダンなムードが印象に残りました。
いまも建て替え中だったとは。東京會舘。

辻村 深月著 毎日新聞出版 2016年 
上巻は東京會舘の旧館が、下巻は新館が舞台です。

関東大震災の10か月前に完成し、2度の大震災を経て今に至る東京會舘。
戦中は大政翼賛会の本部になったり、米軍進駐中は接収されたりしていたことも、全く知りませんでした。
そんな激動の時代の中、
ここで特別な日を送った人、また、ここで働き続けた人にスポットライトを当て
丁寧に描く作品です。

第1章 クライスラーの演奏会 大正12年5月4日
第2章 最後のお客様 昭和15年11月30日
第3章 灯火管制の下で 昭和19年5月20日
第4章 グッドモーニング、フィズ 昭和24年4月17日
第5章 しあわせな味の記憶 昭和39年12月20日

真摯に、誠意をもって生きる人々の姿が、その心意気が、胸に響きました。

第1章で得難い経験をした小説家の卵の青年の名前が、
第2章でさりげなく出てくるところなど、心憎い演出です。
第3章の花嫁と花婿、第5章ラストシーンの夫婦の姿に、私はこういう暖かい家庭は作れなかったなあ、とつくづくわが身を反省したり、
第4章のバーテンダー、第5章のベーカー(洋菓子職人)の仕事に対するプライド、その成果を実感する姿にじんときたり。

今更ながら、わが身を恥じました。
20170617tokyokaikan



原題 The Best Exotic Marigold Hotes
デボラ・モガー(Deborah Moggach)著 最所篤子 訳
早川書房 2013

なんだか映画の予告編を見たことがあるかも?と思って、借りてみました。
通勤途中で読みやすい文庫本を探してた、というだけの理由です。
でも、私、なんだか勘違いしてたみたいで……引退音楽家のホームかと思ってましたが、
それは別の「カルテット!人生のオペラハウス」という映画だったかと。。('д` ;)

読んだのは、インドの古いホテルを英国からの入居者を対象としたホームに改装して…
というお話でした。
入居の理由もそれぞれ。秘かな思惑も抱えつつ……という入居者たちの日々が
インドの雑踏、現地労働者の日々も織り交ぜつつ描かれます。

決して、わくわくドキドキというわけでもなく、正直、途中退屈にも感じる展開。
いろいろ伏線もあるのですが、それが最後に華麗に解き明かされ……というわけでもなく、
いかにもイギリス的といいますか、どんでん返しも淡々と語られて終幕。
でも、
世の中いろいろな家族があるよなあ、いろいろ抱えつつ皆生きてるよなあ、
と、しみじみ感じる読後感の佳作でした。

今、ちょっと映画のほうをググってみたら、
映画ではストーリーも人物造形もずいぶん変えられているようです。
小説のほうが、人間のドロドロしい感情や家族関係がリアルに描かれているよう。
本書、
2004年初版当時の原題は「These Foolish Things」(この愚か者たち)だったとのこと。
こちらの題のほうが、小説の雰囲気を伝えているかと思います。

20170616


「よしもとばなな」と名乗っていたのは、2003年から2015年までの一時期だったのですね。
また「吉本ばなな」に戻しています(中公文庫2000年 単行本は1997年)。

表紙の青い絵は何?と思ったら……主人公たちにとって何よりも重要な存在だった犬「オリーブ」でした。中身の挿絵でわかりました。

彼女らしく、静謐な雰囲気で、死と隣り合わせの世界が描かれます。
主人公は、高校生18歳にして結婚した、隣同士に住むまなかと裕志。
親と遠く離れて祖父と二人暮らしの裕志が抱える淋しさに寄り添うまなか。
その祖父の死後、裕志は自分の殻に閉じこもり、その冷え切った心に、まなかは……

この二人、いわゆる上昇志向のない若者です。
定職にもつかず、まなかは日がな一日、庭でぼうっと過ごすのが常で、
たまにコンビニでレジ打ちアルバイトをする程度。
でも、そんな彼女を、一緒に住む義理の母(父の再婚相手)も、
オーストラリアに住む実母も、そのまま丸ごと、自然体で包むように接しています。

振り返るに、私自身は母として失格だなあ……と、つくづく思いました。
はい。私、自他ともに認める、世間公認のダメ母です。

裕志はというと、祖父の死後は泣いてばかりで、外出も滅多にせず……。
終盤になって、その心が冷たく固まってしまった理由が解き明かされるのですが。

ここかしこに、まさに警句がちりばめられていました。

 不安な時にひまにしていると、体が心から離れて、どんどん不安に力を与えてしまう。
 そしてその不安はなんらかの行動に私を誘おうとするが、それはたいていろくな結果を呼ばない。そのことを、私はやはり庭で学んだ。もしかして、自分は、いろいろなことが全て間違っているのではないかと思った時、私はやはりいつも、四季の移り変わりはまるで茶道のように、ひとつの無駄もなくひとつのことが次に流れていくのをいつも庭で見ていたことを思った。花が咲いて散ることも、枯れ葉が地面に落ちることも、全部が次にいつの間にか、通り所でつながっている。人間だけがそうでないことがあるだろうか、と思って、気を取り直した。
 だから、裕志がだめになっている時に、自分がナーバスになることをやめた。ただ、今できることをし、後悔しないようにすることだけに集中したかった。 
 取り返しのつかないことをしないように。 
 取返しのつかないことなどないと、人はよく自分の弱い心をなぐさめたいのかなぜか言うけれど、取返しのつかないことはたくさんある。ほんの少しの手違いで、うっかりしただけで、取り返せないことがたくさんある。


取り返しのつかないことを、子育てにおいてやらかし放題にやらかして、取り返しのつかなくなった今になって、後悔してばかりの私です。


20170614homeymoon

宮部みゆき『希望荘』小学館 2016

さすが人気者の宮部みゆき氏。
図書館に予約して待つこと10か月。やっと回ってきました。
そして、1日で読んでしまいました。。。読ませます。

杉村三郎シリーズ第4弾。(①誰か ②名もなき毒 ③ペテロの葬列
第3弾で人生を転換させた三郎が、ちゃんと居場所を得ていて、ほっとしました。

「聖域」「希望荘」「砂男」「二重身(ドッペルゲンガー)」
と短編を4作収録。
やはり表題作「希望荘」が一番印象に残りました。
市井の苦労人こそが信頼に足る人間なんだなあ……と思いました。
そのことが、心に沁みました。
物語終盤の、三郎と少年のやりとりが泣かせます。

「寛治さんはもういない。だから、君はこれから60年ばかりかけて、寛治さんみたいなおじいちゃんになればいい」
 幹生は口をへの字に曲げた。かなり長いことそうしていてから、
「無理だよ」と言った。「じいちゃんは、じいちゃん一人だけだ」 
 地道に働きとおした市井の人に捧げる、これは最高の墓碑銘だろう。

それに比して、「聖域」の母娘の身勝手さ、
「砂男」の疑惑の男(モンスター)を身内に持つ者の生き地獄は、
苦く苦く、心に沈殿します。
「二重身(ドッペルゲンガー)」では、逮捕劇のお膳立てまでする三郎。
もう単なる「いい人」ではなく、自らの足で歩いていくんだなあ、と思いました。

四作品の通奏低音は「ふとしたきっかけで、足を踏み外す怖さ」でしょうか。
この怖さ、後になって、じわじわ、じわじわ、来ます。

20170612book


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